* Lust for Summer [ 2] *

     


 夜。
 ベッドから窓を見上げてため息をついた。
 眠れない。時間はとっくに午前を回っているのに。
 起き上がって、部屋に置いておいた水のペットボトルを手に、窓枠にもたれかかる。
 小高い場所にある男子寮。
 3階のこの部屋からは、少し離れた海までが良く見えた。
 暗闇の中、月の光を弾く銀の海面に、ブライアンは少し目を伏せる。

 (……アイン)

 暗い海面に走る銀の光が、アインの髪を思わせて。
 そんな事ですら、泣きたくなるような痛みを感じる胸に、どれだけ好きなんだかと自分に苦笑する。
 きゅっとペットボトルを握り締め、瞳を閉じて。

 (……嫌われてるんだな、俺)

 昼間、渡り廊下の下から、自分を睨み付けたアインの目を思い出す。
 泣き出したい衝動を隠し切った自分は偉かったと、少し笑う。
 あの、七夕の日以来、自分に向けて話しかけるアインの声を聞いていない。

 ……声が、聞きたい。
 自分に向けてなくていい。ただ、話している声でいいから。
 あの、低い、深い声を聞いていたい。

 ……本当、は。

 あの声で、ブライアン、と、俺を呼んで欲しい。
 叶うことないのは、判り切っているけど。

* * * * * * * *

 「俺のモンだっ!!」 

 耳元で怒鳴られたような大声に飛び起きた。
 それが自分の声だったと気付いて、夢を見ていたのだと気付く。

 胸くそわりィ……ッ!!

 真夜中。
 ベッドの上に起き上がったアインは、苛立ちに任せて枕をベッドに叩きつけた。
 ぼふん! と弾む枕。怒りをぶつけるように、何度も何度も叩きつける。
 何度叩きつけても苛立ちは収まらず、枕を放り投げてアインはベッドに倒れこんだ。
 さっき見た夢の残像が、頭に焼き付いて消えない。

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 夢の中、ブライアンが、生徒会長タスクと楽しそうに笑っていた。
 笑うブライアンの頬に、目を細めたタスクの片手がゆっくり添えられて。
 頬を包み込む手のひらに目を細め、ブライアンが妖艶な笑みを浮かべた唇をほんの少し開いて。
 重なった唇、交わす口付けに、自分が見た事ない表情を晒して。 
 唾液を引きながら唇が離れた後、蕩けた瞳でうっとりと微笑んだブライアンに、頭が沸騰した。
 飛び掛って、押さえつけて、ぶち壊して。
 体はそう動いているのに、近くにいるはずなのに、まるで透明な壁に阻まれたように近づけない。
 もがく俺の前で、ブライアンの指が、シャツのボタンを1つずつ外していく。
 ボタンを半分外し、ブライアンが妖しく微笑む。ちろりと見せ付けるように舐め上げた中指を、唇から喉を伝って胸まで、ゆっくりと滑らせていって。
 くらりと仰向いたブライアンの喉に、吸い寄せられるようにタスクが唇を落とした。
 怒りに頭が真っ白になる。
 もがきながら、俺は叫んだ。

 ざけんなっ!! そいつは俺の……。

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 「っくそッ!!」

 収まらない苛立ちでベッドを殴りつける。

 「何だってんだッ……!」

 ギリギリと歯噛みして、もう一発ベッドを殴った。

 自分には決して見せない表情を、タスクに晒すブライアンに。
 ブライアンに愛しそうに触れるタスクに。
 自分以外の男に喜んで体を触れさせるブライアンに。
 殺意さえ感じた。

 「何で、こんなッ……!」

 苛立つのか。
 めちゃくちゃに、壊してやりたい衝動に駆られるのか。
 自分にとって、ブライアンは単なるオモチャだったはずだ。
 自分に刃向かうブライアンが気に入らなくて、そのプライドを壊した。
 踏みにじって、腕の中で壊して、思い通りに動く人形にして。
 結局それも気に入らなくて、捨てた。
 それだけのモノだ。
 なのに、何でこんな。

 「腹立つ……ッ!」

 夢だって分かってるのに頭が沸騰する。
 どうせ思い通りにならないのなら、今すぐ壊してやりたい。
 どっか閉じ込めて。
 狂って、俺だけ見て笑ってればいい。

 「……ハ、ハハッ……」

 髪をかきあげて。
 目を見開いたまま笑う。

 一番わかんねェのは、俺の頭ン中だ。
 捨てたオモチャに対して、何考えてる?

 「――オモチャじゃ……ねェ」

 零れ落ちた言葉は、誰か別人の言葉のようにひどく遠くに聞こえた。

 「アイツは――オモチャじゃ、ねェ」

 本当は……判ってた。
 アイツが、オモチャなんかじゃねェって事は。
 俺がオモチャにしたんだ。
 俺が捨てたんだ。
 アイツが、俺の思い通りになんねェから。

 ――俺のモンに、なんねェから。

 「ハハ、……ダッセェ」

 笑うしかねェ。
 ガキみたいに、全部ぶち壊しておいて、今更何かに気付くなんて。
 俺とアイツの間には、取り返しの付かない傷の他に、何にも残っちゃいねェ。
 アイツは俺を見ねェ。
 もう、どうにもなんねえ。
 それだけの事をしたのは、俺だ。

 身体の裡にある、暴れだしそうな凶暴な衝動を持て余す。
 どうせ、手に入らないなら、いっそ――。
 この衝動を、何て呼ぶのかなんて。
 考えたくもねえ。
 
 

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[ Lust for summer - 2] 2010.8.12 up 
すみません、今回はイラスト無しで……。
タスク、ごめんよぉぉぉぉ(こっそり)