* Lust for Summer [ 1] *

    
 「暑い……」

 入道雲の白さがまぶしい、8月の高い空。
 ブライアンは手をかざして仰いだ。


 夏休みが始まって1週間と少し。
 家に帰る者が多い寮生の中で、ブライアンは数少ない居残り組だ。
 2学期後半に行われる剣道部の選抜大会。部員ではないが、後期の授業料免除と引き換えに出場を承諾したのは、3年に上がってすぐのこと。
 なので、夏休みは剣道部の練習と生徒会の活動でつぶれる事がほぼ決定している。
 今も学校に登校中だ。
 校門へと続く緩やかな桜並木。夏の青空と、緑のアーチと、セミの大合唱のコントラスト。
 白いカッターシャツの襟ボタンを外しながら、ブライアンは思わずため息をついた

* * * * * * * * * *

 夏休み前半に学校に来るのは、部活動の部員や生徒会だけじゃない。
 出席日数の足りない者、成績不振者など、いわゆる『補習組』も、進級を条件に登校を義務付けられる。

 「かったりぃ……」

 教室の一番後ろの席でアインは伸びていた。
 目の前のプリントはやりかけで放置され、鉛筆は転がっている。

 「ダレてないで早く終わらせろって。冷たいモンでも食べいこうぜ〜」

 前の席にはシシマルが座り、アインを横目に見ながら楽しそうに鉛筆を走らせている。
 そんなシシマルを上目遣いで睨んで。
 
 「大体、何でテメェがいるんだよ。補習でもねぇだろうに」
 「そりゃあ、一人で課題やるより、こっちの方がいいから」

 アンタの不機嫌面を拝みながらやるのが楽しいもんでね、と笑うシシマルを無言でどつく。 
 アインと一緒によくつるんでる割に要領のいいシシマルは、出席日数も成績も、何も問題ない。
 ただ、寮に一人でいるより、補習組に紛れ込んだ方が絶対にはかどるし、面白い。それだけの理由で学校に登校してきている。

 「ほら、ダレてないでさっさとやれよ〜。帰りにアイス食べようぜ」
 「……おぅ」

 ようやく体勢を立て直してプリントに向かう。
 ……と、思ったら、すぐに窓の外に目を向けるアイン。
 教室には冷房がない為、窓は全て開放されている。
 校庭から聞こえてくるのは、男女混じった部活動の声。普段は男子部、女子部で別れているが、部活動だけは合同なのだ。
 同じく窓から校庭を見たシシマルが、そういえば、と笑った。

 「今度の夏合宿、女子部合同だろ? 嬉しいねぇ」
 (夏合宿? 何の話だ?)

 疑問符を浮かべたアインに、シシマルの顔が引きつる。

 「まさか、忘れてるとか言わねぇよな? 寮生向けの夏合宿」
 「……あァ、そんなもんもあったな」

 忘れてた。すっかり忘れてました。
 この学校では、帰宅しない寮生の為、生徒会主催で参加希望者のみの夏合宿が毎年行われる。
 内容は、様々なレクチャーや自炊など盛りだくさんで、楽しみにしてる者も多い、が……。
 かったるい、との理由でアインは参加した事がない。

 「女、ねぇ……」

 気乗りしない様子で呟くアインに、シシマルは疑惑の目を向ける。

 「……アンタ、まさか女より男の方がいいってクチ?」
 「……んな訳あるか」

 くだらねぇ事言ってんじゃねぇ、と、さらにシシマルをどついて。
 書き終ったプリントを手にアインは立ち上がる。

 「どこ行くのよ?」
 「職員室」

 プリントをひらつかせて、ついでに合宿申し込み出してくる、と告げれば。
 待ってるからさっさと行って来い、とシシマルが笑った。


 職員室からの帰り道。
 廊下の窓から見える光景に、アインは足を止めた。
 別館で建てられた剣道場と校庭の間、いくつも蛇口が並ぶ水飲み場。
 ブライアンが頭を濡らしていた。
 そこだけ切り取られた、音の無い、別世界のように。
 たった一人、流れ落ちる水流に頭をさらし、水を散らしながら頭を振るい。
 髪の毛から滴る水滴が、頬を伝い、首に、胸元に落ち。
 無造作に胴衣の合わせをはだけて肩をむき出しにし、前髪をかきあげながら。
 上げた顔は、心を無くしたような、遠くを見る表情。

 (……何で、そんなカオ、してんだよ)

 妙な苛立ちが自分の中にある事にアインは気付く。
 今すぐ駆け寄って、その表情を止めさせたい。
 肩を揺さぶって、その目を自分に向けて、それから――。

 「……何考えてんだ、俺」

 ありえねぇ、と頭を振る。
 ブライアンは自分にとって単なるオモチャだ。
 オモチャにして、思い通りにならないのが気に食わなくて、捨てたのは自分。
 自分にとって、ブライアンはどうでもいいはずで。
 なのに、何で。

 「……」

 ブライアンから目を反らせて歩き出しながら。
 アインは自分の中の違和感を追求することを止めた。

* * * * * * * * * *

 剣道部の練習は午前で切り上げて、午後からは生徒会の打ち合わせ。
 練習を終えて着替えたブライアンは、2階の渡り廊下を通って生徒会室へとのんびり向かう。

 「いいんちょ〜っ!」
 「……シシマル?」

 呼び声に下を覗いてみれば、陽気なシシマルと不機嫌そうなアインがいて。
 ずくんと胸の中で動く感情に一瞬眉をひそめ、すぐにそれを隠してブライアンは笑顔を向けた。

 「何だお前、補習じゃないはずだろ」
 「寮にいるより、こっちの方がいいからさ〜」
 「だからって暑い中、学校にわざわざ来るかよ」
 「こっちの方が課題はかどんだよ〜」

 今からアイス食べに行くんだぜ、と子供のように自慢するシシマルに笑いながら手を振って。
 出来るだけ見ないようにしても見えるアインが、ぎりっと歯噛みしたのが見えて。

 (そんなに俺が、気に入らないのか) 

. こみ上げる何かを奥歯で噛み殺して、足を生徒会室に向ける。

 「合宿、楽しみにしてっから〜」
 「わかってる」

 背後から聞こえるシシマルの声に、振り返らず、笑い混じりに手を上げて応えて。
 誰にも顔を、見られるな。と。
 ブライアンは生徒会室へと急いだ。

* * * * * * * * * *

 「……お前、委員長のこと、そんなに嫌いなわけ?」

 ため息交じりの声に振り向けば、シシマルが呆れたような顔を向けていた。

 「何でまた、あんな睨むんだよ。委員長、顔引きつってたぞ」
 「……知らねーよ」

 吐き捨てて、校門に向かって歩き出す。
 ムカついた。
 俺の方は見ようとしないくせに、シシマルに向かって笑いかけるブライアンを見て。
 力づくでねじ伏せて、めちゃくちゃにしてやりたい。
 他の奴にそんな顔向けるなら、二度と笑えないくらい、壊れてしまえばいい。
 そう思った。
 自分でも訳が判らないそんな思いを、睨みつけることで奥歯で噛み殺して。

 「早くしろよ、置いてくぜ」
 「おいっ、待てよ〜」

 暴走しそうな、自分でも訳がわからない衝動を、アインは自分の裡に隠した。


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[ Lust for summer - 1] 2010.8.2 up 
※突発的に書き上げてUPした為、絵師ななちょ様のイラストではなく 
暫定的にいずみが描いたトップイラストを上げています。