「も…っ、や、ッだ…ぁ…っ」
はふ、と浅い息に混ざる、切れ切れの苦言。
それに応えて低く喉を鳴らし笑う気配がした。
ブライアンは胸の苦しさに眉を寄せる。
アインがもたらす、変になりそうな快感からもう逃げたいのに。同時に、自分の中に潜む狂気を見透かされたようで、苦しくなる。
「止めるか?」
なんて、笑いを含んだ問いかけに、きつく目を閉じる。
答えなんて、出せないまま。
・・・・・・・・・・・・・・・・
クリスマスイブの夜。
夕食の後、アインはどこかへ出かけていった。
夕食後に出されたささやかなケーキに子供達は大喜びで、食堂に飾られたヒイラギの下、あのヒューマンの女性からキャンディをもらって、はしゃぎながら部屋に戻っていった。
俺も部屋に引き上げ、書類の仕上げをしながら、ふと窓の外を眺める。
窓枠に積もる、白い雪。
暗闇の中に浮かび上がる、うっすらと白に染められた銀世界。
夜も更けて、音もしない。
聞こえるのは、部屋を暖める暖炉で時折爆ぜる、薪の音だけ。
静かだな、と、思う。
1人きりの時間なんて、いつ以来だろう?
傍らにアインがいないだけで、こんなにも静かだ。
――そして、……ひとり、だ。
窓に映る自分は、何だか寂しげな表情(かお)をしていて。
ブライアンは少し、苦笑する。
――アインがいないだけなのに、なんて顔してる、俺。
そこに潜む感情に見ない振りをして。
目を伏せると、窓に映る部屋の中で、扉が開いて相棒が入ってきたのが見えた。
「アイン」
頭に積もった雪もそのままに、アインは手に持った瓶を差し上げて見せる。
「……シャンパン?」
「おぅよ」
珍しいモンがあったからな。
持っていた瓶と紙袋を机に置きながら呟かれたセリフに、ふ、と顔がほころんだ。
何の気なしに、なんて、嘘つきめ。
大方、昼間したクリスマスの話が頭にあったんだろう。
素っ気無くしかできない、アインの気遣い。それに気付くたび、ブライアンの中の何かが、本の少し、切なく疼く。
「アレは?」
机の上の書類に目をやったアインに、
「終わり。やっとゆっくりできる」
「そーか。じゃあ呑めるな」
嬉しそうに紙袋から酒のつまみを取り出すアインに、準備万端だな、と笑いながら、部屋の鍵を閉めた。
交わす杯が回を重ね、珍しいシャンパンに気持ちが浮き立つ。
ふわふわとしたほろ酔い気分に微笑み、目に付いたヒイラギの鉢を引き寄せた。
「なあ、プレゼント、もらえるんだったら何がいい?」
ちくちくした葉をつついて遊んでると、アインが喉を鳴らして笑った。
何か企んでいるような、悪戯顔。
「そーだな、お前なんてぇどうだ?」
「悪趣味め」
ふわっと楽しくなってクスクスと笑みがこぼれる。
酒の席での戯言、何度も重ねた体の関係。
ほろ酔い気分の身体で抱かれる感覚は悪くない。
ほわんと立ち上がり、ベットに倒れこむ。寝転んだまま振り返り、口の端を上げた。
「来いよ。欲しいンだろ」
「後悔すんなよ?」
のしかかられた身体に、何を今更、と笑い、馴染んできた重みを受け止めた。
何度イッたか、なんて、もうわからない。
「も…っ、や、ッだ…ぁ…っ」
はふ、と浅い息に混ざる、切れ切れの苦言。
それに応えて低く喉を鳴らし笑う気配がした。
ブライアンは胸の苦しさに眉を寄せる。
アインがもたらす、変になりそうな快感からもう逃げたいのに。同時に、自分の中に潜む狂気を見透かされたようで、苦しくなる。
「止めるか?」
なんて、笑いを含んだ問いかけに、きつく目を閉じて。
答えなんて、出せない。
与えられる感覚に気が変になりそうなのが怖くて、もう、止めて欲しいのに。
このまま堕ちて、狂ってしまいたい自分もいて。
「ひあ…ッ! …ッあ、あ、あ」
ぐち、ぐち、と下から突き上げられ、イイところを執拗にえぐられて、いやいやをしながら喉を晒す。
「イイじゃねぇか…。窓、見てみろよ」
囁かれた、擦れた声にまで走る、背筋の甘い刺激。
目を開けると、夜の闇で鏡と化した窓が、人を映し出していた。
「………ッ!?」
一瞬の後、きつく目を閉じる。
最初、何が映っているのか分からなかった。解かった瞬間、その表情は消えたけれど。
上気した頬。
涙をあふれさせた虚ろな瞳。
力なく開かれ、唾液をあふれさせる、艶かしい唇。
映し出されたのは、快楽に呑まれた自分の表情。
「や、だ……っ違うっ……!」
あってはならない。
「自分」を失うなんて、あってはならないのに。
そう思うのに、目の前に映し出されたものに打ちのめされて、快感と苦しさに涙がこぼれる。
「違わねぇ。――見ろよ」
「やだ…っ!」
見たくない。見たくないのに。
「見ろ、ブライアン」
静かで、でも有無を言わせない声に、死刑を受けるような絶望的な気分でブライアンは目を開ける。
窓に、目に映るのは、足を開かれ深くアインを飲み込む、己の姿。
「しっかり見てろ。目ぇ閉じんじゃねェぞ」
低い声。窓鏡の中のアインが強い瞳でブライアンを見つめる。
窓鏡から自分を見つめる、熱が冷め、萎えた、怯えた表情の男。
太腿を押さえつけていた手が動き、ゆっくりと脇腹を撫で上げる。かするようなじれったい動き。
窓鏡の中の男が、ふるりと震えた。
怯えた表情が、何かを耐えるように、眉を寄せる。
撫で上げた手が時々乳首を掠めながらゆっくりと胸を撫で回し、じれったい動きに微かに頭を打ち振る。
瞳から涙がこぼれる。
窓鏡に映るのは、勃ち始めた己の中心。
「見てるんだ」
背後から囁かれる声。正面の窓鏡から自分を見つめる瞳。
窓鏡の中の自分が、囁かれて、ひくん、と震える。
「ココ……」
かり、と乳首をひっかかれて身体が跳ねた。
「好きだよな」
くにくにと嬲られて、窓鏡の中の男が泣き出しそうな表情を晒す。
無意識に胸を突き出して。
アインを飲み込んでいる部分がもどかしくて。
嫌なのに、窓鏡の中の自分の中心は反り返り、蜜をたらしていて。
身体と心が、二つに裂かれる。
苦しくて。身体が切なくて。どうしたらいいのか分からなくて。
「あー…っ」
不意に中心を包まれ、こみ上げそうになる何かを必死に我慢する。
きゅっと根元を押さえられ、眉を寄せた。
「やだ…やだ……っ」
身体の中に燻る熱。
感じる、訳のわからない不安ともどかしさに怯えて、涙がこぼれる。
「なんてぇカオ…しやがる」
擦れた声が呟いて。
窓鏡に映るのは、泣き出しそうに潤みながら、唇を僅かに開き、熱を孕んだ、何かをねだる様な、淫らな表情。
(あれ…俺、だ)
ゆるやかに揺すぶられ、もどかしさに頭を振って、濡れた唇が微かに動く。
自分のと。窓鏡の中の男。
コ ワ シ テ 。
音にならなかった言葉が、自分の中に落ちて、すとんとはまった。
気付きたくなかった、 本当の想い。
失う事は怖いから。
失った時の痛みが怖いから。
自分を明け渡してしまったら、失った時、壊れてしまうから。
そうしないように、自我という砦で自分を守ってきた。
自分で耐えられる範囲でしか、他人を受け入れてこなかった。
ずうっとそうしてきたから、それ以外やり方を知らなくて。
でも本当は、本当は……アインに、全部、奪って欲しくて。
守ろうとする自分の自我を壊して欲しくて。
でも出来なくて、相反する感情が苦しくて。
「アイン……ッ」
苦しくて。苦しくて。涙がこぼれる。
窓鏡の中から俺を見つめる、まっすぐな、強い瞳。
「……堕ちてこい」
ぎち、と根元を握り締められ、痛みに、ひく、と跳ね上がる。
「俺ン中に」
囁かれる低い声に熱があがる。
不安と、恐怖と、……期待、と。
「……壊してやッから」
「―――――ッッ!!」
言葉と同時に、千切れそうな強さで乳首をひねり上げられて。
突き上げられた衝撃が、痛みと一緒になって全身を走り抜けて。
根元を締め付けられてイク事も出来ず、がくがくとのたうつ。
「……っ、かは……ッ」
目を見開いて、息も出来なくて。やり場のない熱が身体の中を暴れて何も考えられない。
ぐちゃぐちゃにかき回されて、イイ所を深く強くえぐり上げられて。
「……っだあっ……ッかせ……てえっ……! ぉねが……いぃ……ッ!」
イキたくて、堪らなくて、初めて、泣きながら叫んだ、懇願の言葉。
「まだだ、もっと」
緩めてはもらえない根元の指に、頭を振ってイヤイヤする。
もう、もう、どうしようもなくて。
「……っ、く……」
突き上げられ、引っ張られ、快感と痛みと苦しみのごたまぜの中で、いつの間にか。
「ふぅ……っくっ……っえっ……あ、ひっ! ……っく」
子供のように泣きじゃくりながら。
「ゆ、る、して、……ゆるし、て、ぇッ……!!」
幼い口調に、ふ、とアインの目が笑みを浮かべる。
「俺のもンになるか? してって言ってみな」
「……シ、てェ……、っあ、イ、ンの……ッ……もの、に、いッ……!」
ぽろぽろと零れ落ちる涙。背中に口付け、アインは囁く。
「してやるよ、俺のもンに」
根元を締め上げていた手がするりと外れ、両足を抱えられてゆっくりと持ち上げられ。
抜かれるもどかしい刺激ではイク事ができず、もっと強い刺激が欲しくて、唇から蜜がこぼれる。
「だから……ッ」
「……ッつ、ぁあ――――――ッッ!!!!」
いきなり最奥に打ち込まれた衝撃に、がくがくと身体を震わせながら白濁を吐き出す。
打ち付けられ、かき回されながら白濁を吐き出し続けて。
「や、っあ……っと……まんな……ぁッ!」
泣きじゃくりながら、自分の白い蜜に濡れるブライアン。
真っ白な頭に低く囁きが流し込まれる。
「おめェは全部……俺のもンだ」
体奥に打ち付けられた熱い衝撃に身体を硬直させて、意識を高みに持ってかれながら。
とろけそうな笑みをブライアンは浮かべていた。
翌朝。
目が覚めると、身体は綺麗に拭き清められていて。
横に眠るアインを見下ろして、ブライアンは、ふ、と笑った。
胸に広がるのは、もどかしくて、切なくて、照れくさくて、あまずっぱい、そんな感覚。
銀の髪をすくいあげ、見つめ、口付けると、いきなり腕を引かれ体勢を崩した。
「朝ッぱらから誘ってンのか?」
上になったアインにニイッと口角を上げられ、真っ赤になって目を逸らす。
ブライアンの様子に喉を鳴らして笑いながら、アインは耳元に口を寄せた。
「お前は俺のもンだ」
呟いて、耳に口付ける。
囁かれた言葉に身体を震わせて。
しばらくためらった後、おずおずと首に回された腕に、アインは微かに微笑んだ。
出発の朝。
手渡された鉢植えに、ヒューマンの女性は柔らかく微笑んだ。
「クリスマスに奇跡は起こったのかしら?」
言葉では応えず、照れくさそうに、ブライアンも笑みで返す。
自分を呼ぶアインの声に、女性に一礼して、走ってゆく。
後姿を見送りながら、女性は辛そうな笑みを浮かべた。
誰よりも危険な戦場へと身を躍らせ、多くの命を手にかける、本当は傷つきやすく優しい、ヒューマンの若者。
駆け出してゆくその姿が、やはり戦場へと行き、帰ってこなかった息子と重なる。
ヒイラギの鉢植えを手に持ちながら、彼女はただ、祈った。
どうか彼や、彼の愛するものが救われますように、と。
〜「Pray」 side story - end〜
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